平安時代の、しかも京都のお話ばかり紡いでおりますと、
交通の便と言えば牛車か早馬、
それらがなければ徒歩しかないという印象が
ついつい去らない困った筆者ですが。
北は陸奥から南は九州の薩摩まで、
結構な全国各地に領土を広げていた朝廷であり。
その各所へ国司を派遣してもいたのだから、
物流は勿論のこと、
都から向かう人もいりゃあ、戻ってくる人もいて。
そんな折々の交通というのが、きっちりあったはずなんですな。
水運や海路も、
遣隋使・遣唐使のお話に出てくる海外向けのものばかりじゃあなく、
国内での移動のためのそれというのが、ちゃんと存在したようで。
俊寛が流された鬼界が島は、今の硫黄島ですし、
平家を興した平清盛の初陣も確か、水軍関わりではなかったか。
かの有名な『土佐日記』は、
国司として派遣されていた四国は土佐の国府から、
京都まで戻る2カ月の海路のつれづれが綴られておりますしね。
あの『源氏物語』の中にも、
新しい帝が立ったことにより、
後見だった左大臣から右大臣への権勢交代や何やという
周辺のごたごたにうんざりした源氏の君が、
世間から身を退けますと須磨へと去る一幕があり、
その道中でも、
山崎や和田の泊まり辺りからは船になったのではあるまいか。
「まあ、俺らには便利な“足”があるから、
一瞬で日本海までなんてな遠出もワケねぇが。」
おいおい。それって葉柱さんの遠歩の術のことでは。
「そういや、そうでしたね♪」
こらこら、瀬那くんまで何ですか。
時々、憑神様の進さんに、
瞬間移動的な技で運んでもらってるからってだな…。(う〜ん)
◇◇◇
雨上がりででもあれば、水嵩も増しての轟々と、
誤って落ちた人なぞ軽々飲み込むようなほども、
それは恐ろしげな渕や流れと化すこともあるそうだが。
ここ数日の日照りでは、
逆に…思わぬところへ浅瀬が出来ており、
往来船が立ち行かぬところもあるほどだそうで。
「ほほぉ、それは難儀よの。」
「ほんに。急ぎの荷もありましょうに。」
今日も朝からいいお日和であり、
櫓や櫂を操る船頭たちは、
日よけの笠の下の額に早くも玉のような汗をかいているものの。
柳をくすぐる川風は涼しく、せせらぎの声も清かに響く中、
どんな貴人が乗っておいでか、簾を降ろした屋形舟が、
川端から緑もたわわな梢を延ばす、
桜やスズカケ、今はまだ青々とした楓などの木立ちの下を、
それは優雅に進んでおいで。
連日のこの暑さから、船遊びでもと洒落込まれたのだろうが、
確かに、水の匂いの清々しさや、吹き渡る風の爽やかな肌合いは、
照り返しも強くて蒸し暑い都に氾濫する、
暑さに圧し負かされての無気力や倦怠を、すっかりと忘れさせてくれるよう。
「まま、貴族の公達らには
陽が落ちてからが一日の始まりのようなもんじゃああるけれど。」
そうでしたね、
安くはない薪や油で煌々と灯火を灯し、
あるいは夜風の中、お供を引き連れ、牛車を繰り出しし。
ご婦人がおいでの御簾の陰なんぞへもぐり込んでは、
それが位の高い女官や既に夫のある奥さんでも何するものぞ、と。
時には無理から押し倒しもしたというから、
………乱れてますよねぇ、京の都。
今だったら遺憾なく犯罪行為ですのにね。
公達のバカ息子ほどやらかしてたんだろうなぁ。
まったくもって なっとらんっ。
そんな風潮だったから、
ややこしいケンミン伝統や気質も数多く居残っているんでしょうか。
(そうでない京都の人、すいません。)←だったら書くな・苦笑
時折周囲を行き交う他の荷舟とは明らかに趣きの異なる作り、
牛車を模したか、
柔らかな曲線を描く屋根部分は茅らしき茎を編み上げた特別製で、
風の通しもよくて涼しいだろし、
外から覗かれないようにと降ろされた御簾も、
簾部分は胡桃色、縁取りや押さえの錦が濃緑という、
何とも爽やかな取り合わせが、品があっての初々しくて。
恐持てのする威容より、風雅な粋の方を選んだ作りは、
やさしい華やかさと典雅さに満ち。
「ほれ、簾の端へ露草なんか差してはるえ。」
「ほんに。風流な殿方が、暑気払いでもしてはるんやろか。」
「いやいや、あの帯飾りの色使いは女御の好みえ。」
「せやせや。きっと殿中務めのご内儀が、
女房連れての息抜き、川遊びと洒落込んではるんやて。」
女性か、若しくはまだまだ若々しい公家の青年でも、
乗っているものかと思わせて。
川端へと通りすがった民や、お使いの途中らしき雑仕などの足を、
土手のうえ、黒々と落ちた陰の上へと止めさせ、
その行方を視線で追わせるほどの目立ちよう。
「もうちっと待ちや。」
「おうさ、人目がありすぎるよってな。」
ずんと擦り切れ、染めも褪せたる小袖へたすきがけをし、
脛を剥き出しにした短袴に裸足の素足。
駆け出しやすいだろう軽やかないで立ちだというに、
その上へは、籠手やら脛当てやら、
どこの検非違使のお武家から盗んで来たやらな、
いかつい武装を決めているのが何とも不調和で。
古びた水車小屋の陰に身を潜めていた、
彼ら不審な輩が数人という一団。
川の畔からの視線が遠のいたのを確かめると、
互いに示し合わせてから、
手に手に抜き身の刀など構え。
護岸代わりか石垣の積まれた斜面を一気に駆け下り。
そのまま膝まで腰まで水に浸かりつつ、
優雅な屋形舟へと襲撃をかけて来た。
「待て待て、そこな舟やっ。」
「止まったり、止まったりっ。」
口々にいがらっぽい声を上げ、
勝手な言いようで罵声を浴びせ、
前方へ立ち塞がったり、
後方から鈎のついた棹で引っかけての引き留めたり。
そんな無体が突然降りかかって来たものだから、
「ひえぇぇえっっ!」
「お助けぇっ!」
舟の前後に立っていた二人の船頭が、
結構勇ましいいで立ちだったのを大きく裏切って、
船端から飛び降りると、水を蹴立ての、
競うように次々とあっさり持ち場を離れて逃げ去ってしまい。
「何や、骨のないことやな。」
「お高こう澄ましとるお人しか、相手したことないんやて。」
そんな悲鳴は元より、荒々しい罵声も聞こえただろうし、
ガタガタという物音や、ゆらんと大きく揺れた舟だったのへ、
おっとりと品のいいばかりなお公家さんでは、
さぞや恐ろしやと震えていなさるやも知れぬ。
御簾が動く気配もなければ、
話し声どころか こそりとも物音の立たぬ屋形のようなので。
日頃、民草を人とも思わぬ偉そうな連中が、
こうまで判りやすい恐ろしい想いをし、
怯えて縮み上がった様を見て嘲笑ってやるべえと。
どかどかと舟の上まで上がり込み、
「さあさあ、出て来ませい。」
「我らに、金品お宝、たぁんと恵んでおくれやし。」
今は持ち合わせがないのなら、身ぐるみ剥がせてもらいます。
何ならお屋敷まで取りに行かれますかねと、
下卑た声にての半笑い、
言いたい放題しつつ御簾をめくり上げた奴らであったが、
「…………なっ。」
漆喰塗りの白い壁が陽射しをそのまま弾き返すほどに、
夏の昼下がりの陽気はそれは目映いばかりだというに。
風通しのいい、茅の屋根に太めの御簾のうちが、
そうとは思えぬほど、何とも暗くて奥行きも深く。
「…なんや、これは。」
「薄気味の悪い…。」
ただ何もない、誰もいないという空間じゃあない、
何かしらの気配がねっとり渦巻く板の間へ。
呆然としたまま、ふらりと踏み込みかかった先頭の野盗。
だがだが、その身が前へと進みかかったすんでのところで、
―― 待ちやっ!
突然天から降り落ちた雷鳴もかくや。
彼らの立つ場の空気ごと、
びりびり震わせるほどの威勢と大きさで鳴り響き。
はっとした男が身をすくませての後ずさりをしたその跡へ、
―― がさり、と
何か尖った影が宙を掻きむしり、
だがだが何も攫えぬまま漆黒の宙へと引っ込む。
「な、何や、今のんは。」
「見たか?」
「う、うん。」
得体の知れぬ、だが、十分に気味の悪い何か。
この暑さが一気に吹っ飛ぶほど、背条を凍らせた連中の、
その背条に手を掛けて、ぐいと後ろから引いた存在があり、
「ひぃえっ!」
「ぎゃあっ!」
「お助けぇっっ!」
どんな怯えようをしやるか、
せいぜい嘲笑ってやるべえと構えていたはずが、
そのまま彼らの側が、
肝が引っ繰り返ったかのような奇声を上げるやら、
その場へ尻餅ついて腰を抜かすやらしかかったのを。
されど構わずの次々に、
力任せに その場から剥ぎ取るようにして、
ぽいぽいと表の川の中へと放り出したは、
「…ほんに、セナちび以外へは容赦ないのな、進の奴。」
「す、すみません。////////」
「いやいや、お主が謝ることじゃなかろうよ。」
心の疚しい存在には見えなかろう、武神様の御手にて排除された賊らであり。
それを、正面の上がり口からだと横合いにあたる御簾の陰から、
並んで眺めていた三人ほどの人影があって。
葵だろうか、丸みを帯びた葉の透かし織りが施された、
括りのある袖の純白の狩衣に深緑の指貫を合わせたいで立ちの、
珍しいかな金の髪をしたうら若き男性と。
その陰、肩口辺りに頭のくる少年が、
そちらさんも白を貴重とした水干姿で立っており。
そんな彼らの背後に、中では最も長身の、
狩衣から指貫から黒ずくめの男がいての都合三人。
いきなり躍り込んで来た野盗がやっつけられた様をか、
いやいやそれはおまけのようなもの、
別の何かを目当てにと、舟のどこかで待機していたものらしく。
「上手いこと釣られてくれたようだの。」
「賊がまずは引っ掛かるのが前提ってのが、あざとい罠だがの。」
舟の周辺、ばらばらばらと、
強引に放り出されたそのまんま、
水の中に尻餅ついてポカンとしている賊らも実は、
計算の内に入っていたらしい言いようをしたのが誰あろう、
現帝の秘蔵っ子にして、史上最強の陰陽師とも噂されたる、
神祗官補佐こと、蛭魔妖一という青年導師であり。
「さぁてと。
食い意地の張った邪妖とやら、
とっとと祓わせてもらおうかね。」
その身の性質が負である種の陰体は、
基本、日輪の威容が弱まってから出没するもの。
だってのに、ここ数日ほど、
真っ昼間からあちこちで、
人の生気を食って回る気配がうるさくて。
そうまでの精力持つ輩となると、
誰か人が召喚して手なずけ損ねた鬼に違いない。
寄り代でもあった呼び出した者を手初めに食い、
それへ味を占めての狼藉を続けており、
そのまま邪妖も人も見境なく喰い続けてののち、
大きい鬼へ育たれては面倒だと。
まだ都の周縁でもたくさしている内、
しょうがねぇなと渋々立ち上がった…にしては、
相手の属性や性質を見澄ましての、
このような“罠”を用意した周到さが、
相変わらず、隙というものがない恐ろしいお方だと、
尊敬と畏怖の想いでお師匠様を見つめる書生くんの潤んだ眼差しへ、
「………。」
あれは実は、
面倒だ何だ言いつつ、最初に察知した頃合いから、
気配を逃さぬよう見澄まして、素性を探っておっただけのこと。
気の弱いものやら、心の疚しい負の性質の者にたかりやすしと見極めたので、
今日、このような罠を仕立てて打って出たのだぞと。
「………。」
言ってやることでツッコミとしたいような、
だがだが、せっかくの尊敬の念を挫かせるのも何だし、
何よりそんな余計なことをしたらば
誰かさんが烈火の如くに怒かっての、
相当に不機嫌になること間違いなく。
“…………ま・いっか。”
余計なことは言うまいよと、
心の中にて“善き哉、善き哉”とお念仏のように呟いた誰か様。
「何ぼーっとしてやがる、一気に畳むぞっ。」
「あ、お、おうっ!」
行くぞ、邪妖退治だと。
様々に下準備を敷き下らぬ演技も振り撒いた上での、
これこそ究極のカタルシスとばかり。
背中に回していた破邪の弓を手に、懐ろからは咒弊も山ほど掴み出し、
勇んで踏み込む御主を追って。
我儘な彼がせめて余計な怪我をせぬよう、
精一杯 補佐に努める所存の、蜥蜴一門の総帥様だったりするのであった。
暑中お見舞い申し上げます。
〜どさくさ・どっとはらい〜 12.07.28.
*水辺でのお務めだったので、
くうちゃんはお留守番だったようです。
(あぎょんさんが子守りかな?)
冒頭にも並べましたが、
そういや舟が出てくるお話ってのを
あんまり書いたことがないなと思いましてね。
いくら出無精なお館様でも、
こういう遊びは案外お好きじゃあなかろうか。
平安時代が発祥かどうか、
舟から娘さんが五色の扇を流すとかいう祭りも
あったような気がしますし。(しっかりしろー)
*それにつけましても暑いですよねー。
とうとう根負けして、
室温が30度へ届きそうになったら
エアコンを使うようにしております。
(つか、暑さにややにぶい年寄りもおりますので…。)
そんな中で始まったロンドン五輪。
夜更かし出来る体力があるんだかないんだか。
とりあえず、サッカーと柔道は観たいと思ってます。
めーるふぉーむvv

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